平成16年4月1日 衆議院憲法調査会 統治機構のあり方に関する調査小委員会

○斉藤(鉄)小委員 公明党の斉藤鉄夫です。

 きょうは、本当にどうもありがとうございました。私も、両参考人にまとめて最初に質問させていただきたいと思います。

 まず碓井先生ですけれども、二点。

 きょうは、財政、財政統制のあり方についてお話しをいただきました。八十三条の後に八十四条、課税民主主義のことも書かれているわけですが、いわゆる課税ということについてきょう先生の御意見がありませんでしたので、財政と裏腹の関係にある課税と憲法の問題について、お考えがあればお聞かせをいただければと思います。

 もう一点は、実は国会でも義務教育費国庫負担制度の議論を今しているところでございます。教育に対して国が、国の責任のあり方ということで議論になっておりますが、そのときに、地方自治体の教育に対しての責任のあり方、国のあり方というふうなことが議論になりました。この財政について、きょうは国ということを主体に議論いただいたわけですが、いわゆる地方分権の時代にありまして、地方の財政についての、この義務教育費国庫負担制度と直接関係ないかもしれませんけれども、お考えをお聞かせ願えればと思います。

 次に、広井先生には、お話しをいただいて、大変興味深く聞かせていただきましたが、レジュメの五ページに「(参考)ふたつの対立軸――富の成長と分配」という図がございます。大変興味深い図だったので、御説明いただけるかなと思ったんですが、飛ばされたので、この図についてお話しをいただきたいというのが第一点でございます。

 それから、社会保障について、国民負担率という一つの評価軸があろうかと思いますが、この国民負担率という観点から見て、日本の現状、諸外国との関係、よく、将来許される国民負担率はどの程度かという議論をしますけれども、それについての先生のお考えをお聞かせ願えればと思います。よろしくお願いいたします。

○碓井参考人 二つの御質問でございますが、両方とも大変大きな問題でございます。

 まず、憲法八十四条がございますが、課税と憲法との関係についての見解いかんということでございます。

 租税法律主義は今後も当然維持されなければなりませんけれども、租税法律主義の適用範囲をどのように考えるかということについて、やはり検討する必要があるだろうと思います。その結果、やはり検討の必要がないということになるかもしれませんけれども、その際には、憲法八十三条との関係も留意すべきであろうと思います。私は、狭い意味の租税については厳格な租税法律主義が適用されますけれども、それ以外の金銭負担については、憲法八十三条による、国会によるやはり財政統制の問題が残るであろうと考えています。その際に、本日の議題でもございます社会保障関係の、社会保険料というのは租税と同様に考えるべきであるというのが私の考えでございますが、ただ、若干のバリエーションを認めるべきかもしれません。いずれにしましても、八十四条に乗らないものであっても八十三条による統制は残るであろうということです。

 それから、課税と憲法ということですと、当然担税力に応じた課税というものを憲法典の上でどのように考えるかということが問題になりますが、憲法に必ずしもうたう必要はないのではないか。その点は、租税というものの性質上、常に立法に当たって考慮に入れられるべき事柄であるということでよいのではないかというふうに考えます。

 次に、地方の財政についての御質問でありますが、私は、義務教育費国庫負担のことにも触れられましたけれども、やはり、国がある程度責任を持つべき経費と、それから、そうではない、自立的な地方公共団体の財政運営にゆだねるべきものとの分担関係はやはり必要だろうと思います。その際に、義務教育費について申しますと、やはり私は、国が基本的に責任を持つべきである、その程度は問題でありますが、基本的に責任を持つべきものだというふうに考えております。したがいまして、現在の地方の財政支出の中で、どういったものが国の保護のもとから離れていいかどうかという検証をしていくべきであろうというふうに思っております。

○広井参考人 二点ございましたけれども、一点目の、レジュメの五ページにかかせていただきました図、私の時間配分のミスで飛ばしてしまいましたが、これは実は、先ほど、価値の選択は何かという永岡先生からいただいた質問と重なる、関連するものでございまして、これまでの、特にこれはヨーロッパを念頭に置いておりますけれども、政治の二大政党の対立軸というのは、ここの横軸といいますか、大きな政府か小さな政府か、積極的な財政政策、大きな政府か、市場にゆだねるような、この右側にありますようなものか、そういう対立軸がございました。しかし、これらはいずれも、高い経済成長を追求するという点では共通していたわけでございます。

 ところが、八〇年代、九〇年代になってから、環境の問題や、必ずしも積極的な財政政策を行えば需要が伸びて景気が拡大するということが需要の飽和というような中で起こらなくなってきた中で、縦軸、すなわち成長志向か環境志向かという対立軸がもう一つの新しい対立軸として浮かび上がってきた。

 そういう中で、両者の、大きな政府派と小さな政府派自体の振幅の幅といいますか、それもむしろ接近して、大きな政府を掲げる側も、低成長等の中ですべて手厚い公的保障というわけにはいかなくなり、逆に小さな政府の方も、高齢化等も進む中で一定以上の社会保障はどうしても充実させるべきだということで、そういう歩み寄りがなされるとともに、縦の対立軸が浮かび上がってきている。このあたりがこれから日本においても非常に問われてくるのではないかという趣旨の図でございます。

 それから国民負担率についてでございますけれども、これは、まず確認されるべきは、国民負担率というのは、社会保障に限らず公共事業とか政府全体の活動の規模を示すものであるということで、社会保障よりもう少し広いものでございますけれども、結論的には、私自身は、国民負担率が何%ならいいか悪いかというような議論にとらわれるのは余り妥当ではないと思っております。

 言いかえますと、国民負担率というのはいわば政府の活動の規模を示す結果としての数字であって、まず重要でありますのは、公私の役割分担といいますか、公的部門はどういう役割を果たすべきか、その制度論がまず先に来るべきで、その結果として国民負担率の規模をあらわす数字が帰結するというようなもので、そちらの議論から先に行うというのはある意味では本末転倒ではないかというふうに考えております。

○斉藤(鉄)小委員 ありがとうございました。