【衆議院憲法調査会・仙台地方公聴会 平成13年4月16日】


○斉藤(鉄)委員
 公明党の斉藤鉄夫でございます。きょうは、貴重な御意見、本当にありがとうございました。
 最初に志村さん、それから濱田さんに同じ質問をさせていただきたいと思います。
 志村さんの意見陳述の中に、地球資源の限界それからエネルギー問題も含めまして、環境ということがこれからの生命、生物、人間にとって非常に重要な問題になってくる、この問題を見据えて、国のあるべき姿の論議が必要だということだったかと思います。そういう意味で、環境権ということを憲法の中に明記すべきだという意見がございますが、この点につきましてどのようにお考えか。また、濱田さんは、生徒との対話の中でこういう議論をされているということでございますので、お二人の陳述人の御意見をお伺いしたいと思います。

○濱田武人君 環境権を憲法に盛り込むかどうかということについては、正直言って、盛り込むべきかどうかという迷いがあります。というのは、そこまで議論を進めていいかどうかというところが、まだ私の職場を含めても、広く議論されたり意見を聞いたりする場がないということがあるのかもしれません。
 ただ、環境のことに関しては、少なくとも生徒と渡り合っていろいろやっている限りにおいては、もっと人間の心を素直に持ち込むというか感じるというような視点の教育がなされないと、環境問題は全然そっちのけに置かれてしまうということが、生徒と会話をしてよくわかります。ですから、権利というよりももっと自然にわき起こったものとして、人間の心がよみがえるといいますか、そういう教育がなされるかどうかというところがまず一番大事なんじゃないだろうか。
 ところが、現場に行くと、英語の点数何点上げる、数学の点数何点上げるというようなことが主流であって、それ以外のところが非常におろそかにされているのが今の教育だというぐあいに私は思っています。
 ですから、そういう意味で、この環境権というものについては、先ほど言ったように、将来的にコンセンサスが成るのであれば、やはりそういう方向に憲法に盛り込んでいってもいいのではないかなとうっすらと思わないわけではないのです。だけれども、現時点では、もっと国民にそれをわかるように議論を巻き起こすことが先じゃないかというぐあいに思っています。

○志村憲助君 斉藤さんの御質問ですけれども、私も、環境権というものが具体的にどういう形になるのか、余りイメージはしっかりしたものは持っておりませんので、しばらくはそういうことを念頭に置きながら、憲法調査会の中あるいは一般の国民の間で議論をして、そして環境問題というのは、先ほどちょっと申し上げましたように、地球レベルの話でございますので、ほかの国へ強力に呼びかけていく、それは今絶好のタイミングじゃないかと思っているのです。
 そして、各国の間でまとまりつつある一つの人間としての考え方を、時期が来たら日本の憲法にも入れるというところまで行くか、あるいはほかの法律でそれを何か処理する段階が入るか、私は法律のことを全然知らないものですから、そんなふうに考えております。ぜひ活動はしていただきたいというふうに思っております。

○斉藤(鉄)委員 次に、もう一度志村さんにお伺いいたします。
 九条の問題で、最後に、相当な覚悟を持って九条は堅持すべきだ、こういうふうにおっしゃいました。どういう覚悟でございましょうか。

○志村憲助君 それは甚だ表現しにくいのですけれども、先ほど手島さんもおっしゃいましたように、日本でも具体的なことが心配されるというようなことが起こっておりますけれども、九条のこと、それから今後の二十一世紀の人間のあり方を考えたときに、日本としては、平和で、武力を使わないでそういう問題を解決していこう、そういう覚悟をまず決める、要するにその覚悟ですね。
 それは、非常に危険な面があるかもしれないけれども、武力を使わないということ、今そういう憲法を持っているわけですから、その考えを改めて、いや、そろそろいろいろなことで心配になってきたから日本も武装しますよ、そして結局は武装すると原子爆弾まで行くと思いますけれども、そういう方針に変えましたということをもし仮に世界に宣言するようなことがあったら、全く逆方向に向かってしまうというふうに考えておりまして、まずは九条の線でいくという覚悟。
 それからもう一つは、そうなると、いろいろな心配事があるときには、常日ごろからその心配に対して手を打っていく、話し合い、結局は人間性に対する信頼性を基礎にして相手の国なり民族と話をしていくということなんですが、これは大変なことだと思います。武力でいきなり、暴力で相手を張り倒すというようなことよりはもっともっと大変なことだとは思っております。時間と労力がかかると思いますけれども、その時間と労力がかかっても、それをやり遂げることが今後の日本民族のあり方ではないか。そういう辛抱強い覚悟。二重の意味で、私はそちらに希望を持っております。

○斉藤(鉄)委員 手島さん及びこの件について御意見を持っていらっしゃる方、どなたでも結構なんですが、首相公選制についてお伺いします。
 首相公選制について今いろいろな論議が巻き起こってまいりました。しかし、これは政治のリーダーシップを取り戻すためということですが、憲法改正がなくてはできない問題でございます。
 この点についてどうお考えか、手島さん、そしてもしそのほかで、ぜひ言いたいという方がいらっしゃれば、お願いいたします。

○手島典男君 首相公選制につきましては、恐らく、余りにも現在の政党政治のグループというか派閥運営の結果がすっきりしないので、国民の大多数の方が業を煮やしておる、それならばおれたちが直接選びたいという気持ちから出ているのではないかと思います。
 しかし、公選につきましてはいろいろな問題もあるのじゃないかと思いますし、また、イギリスの議院内閣制におきましても、現に立派な首相が選ばれてリーダーシップを発揮している実例がいっぱいございますので、必ずしも憲法を変えてまで公選制に踏み切る必要があるのかどうか、私は大いに疑問を持っております。
 なるべくならば現制度の中で、そういう弊害を除去しながら、リーダーシップをとれる方を選んでいただければというふうに思っております。

○遠藤政則君 首相公選制に賛成か反対かというだけでは、私は簡単にどちらとも言いかねるのです。
 といいますのは、ただ公選だけじゃないと思うのですね。天皇との関係がどうなるのか、議院内閣制がどうなるのか、いや、首相公選でも議院内閣制がやれるんだということもありますし、そういう具体的な案、それが出てきて議論しなければいけないのじゃないか。
 だから、抽象的な議論の段階ではないのじゃないか。首相公選制がいいと思われる方は具体的にたたき台を出していただきたいと思う、条文化したものを。そうなれば、我々国民も、職場でも少し話をする雰囲気が出てくるのじゃないかな、こう思うわけでございます。