【衆議院憲法調査会 平成13年12月6日】

○斉藤(鉄)委員 公明党の斉藤鉄夫でございます。
 昨年の今ごろ、ちょうどこの憲法調査会での自由討議が行われました。その場で我が党の赤松委員は、次のような発言をさせていただきました。すなわち、憲法の問題について国民の関心が最も高い九条について、そこに焦点を当てて議論をすべきであり、また、憲法改正の問題についても、まさにその点から議論を始めるべきだ、このように赤松委員から発言がございました。
 きょう、私は、ある意味でそれとは対極になりますけれども、個人的な意見ですけれども、まず憲法九条の問題、これは当然議論を進めていかなくてはならないわけですが、この問題は議論を進めていくとして、そのほかの問題について改正も視野に入れて議論を進めていくべきではないかという趣旨で、十分間、発言をさせていただきます。
 憲法について議論をする場合、九条こそが問題の核心である、これは私もそのように思います。そのほかの問題については現在の憲法で十分対応できる、このような意見がございます。しかし、私はそうは考えません。憲法九条以外の問題につきましても、現在の憲法が大きな曲がり角に来ている、この内容では対応できないというものを多々見ることができます。
 先ほど鳩山委員の方から環境の問題もございました。私は、科学技術の進歩という点と文化という点、この二つの問題について意見を述べさせていただきたいと思います。
 まず、科学技術でございますが、現憲法第二十三条に「学問の自由は、これを保障する。」とございます。大変大事なところだと思っておりますけれども、現在、二十世紀は物理科学の世紀と呼ばれましたが、二十一世紀は生命科学の世紀と呼ばれております。大変な進歩でライフサイエンスが進んでおりまして、先日も、クローン人間のもとになりますクローン胚の作成に成功したというふうなニュースも流れておりました。これは、まさに人間の尊厳にかかわる、また人間存在の根本にかかわってくる問題でございます。このような問題に対して、「学問の自由は、これを保障する。」ということだけで対応していけるのかどうか。
 現在、総合科学技術会議の中で、この憲法二十三条をもとに研究の指針がつくられておりますけれども、国民総意のもとに、この生命科学、人間の尊厳にかかわる問題について議論をし、憲法の中で何らかの方向性を示すということも大事なのではないかと私は思っております。これは、人間の自由の中の大きな柱であります学問の自由にかかわる問題でございますので、憲法の中に入れるのがふさわしい、このように考えます。
 もう一点は、文化という点でございます。
 先日も超党派で文化芸術振興基本法という法律が成立いたしました。この法律の中に、文化につきましては、「文化芸術を創造し、享受することが人々の生まれながらの権利であることにかんがみ、」このような文章がございます。文化を享受し、文化的な生活を送るのは人間生まれながらの権利である、このように基本理念でうたったところでございますが、その根拠となる憲法の文章は、第二十五条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」このようになっております。
 しかし、非常にこの文章、この理念そのものは、文化といいましても、ある意味で物質的な側面が強調されているかと思いますが、私は、二十一世紀の日本のあるべき姿として、文化芸術大国というソフトパワーで生きていくということしか日本は考えられないわけですので、その文化というソフトの部分についても憲法できちんと方向性を示すということも大事なことではないか、このように考えております。
 このように、科学技術そして文化芸術、私は、この二つは今世紀の日本の生きていく非常に大きなすべになると思っておりますけれども、このような大事な部分についてもきちんと憲法で書くべきではないか、このように思います。
 憲法九条について議論をする、これも大事でございます。しかし、私もこの場で、また三回の地方公聴会にすべて参加させていただきましたけれども、大変な国民的議論、深い対立もございます。これについては、本当に時間をかけて慎重に国民のコンセンサスを得る議論を進めていかなくてはならない、ここを解決しなければほかは一切変えてはいけないということでは、なかなか二十一世紀のあるべき姿と日本の憲法が一致してこないのではないか、このように考えまして、個人的意見でございますが、発表させていただきました。
 以上でございます。